徳島県名西郡神山町 徳島市内からバスで1時間。神山町は、ぐるりを山に囲まれた小さな町です。1965年には16,045人だった人口は、2009年には6,596人に減 少したいわば過疎の町です。
日本国中にある過疎地域の、焦りとあきらめが入り混じった空気は、なんとも胸が痛いものです。ところが、神山は深呼吸したくなるほど力強い気に満ちてい ます。
ひとつの要因が、1999年に始まったアーティスト・イン・レジデンス。毎年、海外から2人、国内から1人ずつアーティストを招聘し、約2カ月間の滞在 で作品を神山に残してもらっているのです。
運営の中心は、地元のおっちゃん、おばちゃんたちが結成したNPO法人グリーンバレー。
行政からの助成もわずかで予算も厳しいのですが、おっちゃんたちはお遍路さんの接待で培われたホスピタリティでアーティストを徹底サポート。宿舎のドア を開けたら、野菜が山盛りおかれていたり。「寒くなりましたね」とあいさつすると別の人からストーブが届いたり。時には、アーティストに厳しい意見を言うことも…。
「神山の人たちは、誰かからの受け売りでレジデンスをやっているのではなく、本気で自分たちの住む土地にいいものを残したいと思っている。だから『この 作品をわしらの土地に残していくのか?』と問える。アーティスト側も、なぜ自分が作品をつくるのか、自分にとってアートとは何かを突きつけられ る」(2009年の参加アーティスト談)
神山の「ひと」に魅力され、すでに国内外から何人ものアーティストが神山に移住し、さらに音楽家やパン職人、徳島市内の若者などがこの地で「何かをした い」と集まってきています。そんな創造を発揮する人たちを、神山はアートというフィルターで選んでいるのです。
ある宴会の席で、NPOの方が言いました。「この場にいる30人ほどの中で神山で生まれ育った者は8人しかいない。他は海外や県外から移住してきた人や訪ねてきた人たちだ。我々は活動する時にこ ういう場を想像していた。それが実現しつつあり、とてもうれしい」
過疎に完全な歯止めがかかるわけではないですが、神山では町の未来を自分たちの手でつくろうとしています。
代表の方は、「ええ加減でやっているからな」と言いますが、「出来ない理由探しはやめて、まずはやってみる」を実行するための“ええ加減”です。 その一歩踏み出す勇気がどれほどのものか……。想像に難くありません。
神山を訪れて、しんしんと染み込んでくるのは、「未来は自分たちでつくれるのだ」という、やわらかな信念。だから神山に出会った私たちもまた、自分たちの未来は自分でつくることができるのだと、何度も唱えることができるのです。
神山の情報はこちらから。http://www.in-kamiyama.jp/
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追記 2010年度より、京都造形芸術大学ASP学科の学生を中心に神山で活動するプロジェクト「カミツレ」が始動しました。語源は、「私を神山に連れて行って」。メンバーたちは、2009年よりしばしば神山を訪れ、地域の方々の熱烈な協力の下、地域の調査・研究すると同時に、その成果を神山に還元する展覧会の企 画、出版物の発行などを行う。神山滞在時には酒盛りを欠かさないのが特徴。
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