大阪から新幹線を乗り継ぎ、6時間。ようやくたどりついた『会津・漆の芸術祭』(2010年10月2日〜11月23日/福島県会津若松市とその周辺市町村)は、それだけの時間をかけて行く価値のある、本当にすばらしい芸術祭でした。
現在、全国各地で “芸術祭”が開かれていますが、この『漆の芸術祭』は、それらと一線を画しています。理由のひとつは、この企画が福島県立博物館の主導で立ち上がったことでしょう。一般的に博物館は、美術館よりも古い時代の事物を扱っており、モノもコトも止まったようなイメージがあります。ところが、この博物館は最も、生々しいモノゴトに全身を投じて現代と未来をつくろうとしているのです。
この芸術祭の核となるのが、“漆”。会津は、全国に知られた漆器の産地です。そのルーツは縄文時代にまでさかのぼり、同博物館には、縄文の遺跡から発掘された糸玉(糸の結び目に漆をほどこしたもの。用途不明)、土器、土偶、装飾品などが展示されています。また同館には、漆を専門に職人たちへの聞き取り調査などを行っている学芸員もいます。
しかし、地場産業としての漆器は衰退傾向にあり、高度な技術を持つ職人たちも彼らを支えてきた漆器問屋も、大きな危機感を持って次の一手を探しています。危機は博物館にも迫っています。予算は激減し、今までのような過去の調査研究だけでは生き残れない、「博物館としての存在意義」を問い直す時代にきているのです。
そうした非常にシビアな現実を、くるりとひっくり返す発想から生まれてきたのがこの『会津・漆の芸術祭』です。町中に残る江戸から明治、大正、昭和初期に建てられた家屋や蔵など約50の会場に、現役の漆芸作家や現代アーティスト約100名が作品を展示する…形式は他の芸術祭やアートプロジェクトとさほど変わりませんが、興味深いのは、漆とまったく縁のなかった現代アーティストを多数招聘し、漆の職人たちとのコラボレーションの場を設定したこと。
たとえば、1979年生まれの土屋多加史さんは、会津地方に伝わる板カルタ(端材で作られた庶民のカルタ)を漆でつくることを提案。板物木地師、丸物塗師、蒔絵漆芸家といった名人級の職人たちが、若いアーティストのアイデアに協力し、とてもとても美しい漆塗りのカルタを制作したのでした。もちろん、その背後には博物館の学芸員が職人たちと培ってきた信頼関係があります。前代未聞の漆塗りのカルタは、漆職人とアーティストと漆という素材が出会わなければ決してこの世には生まれ落ちなかった作品です。
別の旧家では、奥へ奥へと続く蔵の果てに、漆を掻きとるために無数の傷がついた漆の木そのものが設置されていました。ふり返ると、この木にたどり着くまでの道筋には古い漆椀をつかった電球が灯り、神社の参道のようにも見えます。またある酒蔵では、黒い漆で象られた古い酒樽の巨大な蓋が作品として展示されていました。こうした場では、数百年、数千年の彼方からこの地で漆と人が培ってきた時間の層を目の当たりにしているようで、しばし言葉が出てきませんでした。
そうした深く深く地域に浸透していくベクトルと同時に、この芸術祭は「かつて、漆は海外ではjapanと呼ばれていた。漆の芸術祭は、そうした広やかな世界へと飛び立つ、漆をめぐる冒険のはじまり」(福島県立博物館館長、赤坂憲雄)という外界へ向かうベクトルも備えています。これが浮ついた言葉ではないことは、作品とそれをめぐる物語が大切に扱われて(展示台の位置、形、ライティング、町の人の案内といったささやかなカ所)いるのを見ればわかります。
芸術祭、アートプロジェクトといったイベントが、今後どういう深さとベクトルを持つのか、持てるのか……。同館は、昨年、『博物館から覚醒するアーティストたち』という展覧会を開催しています。覚醒させられるのは、私たちアートに関わる者たちではないでしょうか。



